Blog


ISSJブログ:タージマハルとは

インドといえば、皆さんは何を連想しますか?カレーはもちろんのこと、像・ターバン・・・いろいろなものが想い浮かぶと思いますが、観光スポットで有名なものといえば、なんと言っても「タージマハル」だと思います。今回はタージマハルについて書こうと思います。

□□□□□□□□□□□□□□
タージマハルとは
□□□□□□□□□□□□□□
 タージマハルとは、写真(タージマハル遠景.jpg)を見てのとおり、左右対称のパレス風の建築物です。しかしこれは、宮殿ではなく実は霊廟(つまりお墓)なのです。私もつい最近まで知りませんでした。つまり世界中から集まる観光客は、わざわざお墓を見にいき写真を撮っているのです。
日本で言うと、横浜元町にある外人墓地が観光スポットになっていますが、そのようなものでしょうか。1983年に、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。

□□□□□□□□□□□□□□□□□
タージマハルの歴史
□□□□□□□□□□□□□□□□□
ムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンは、砂漠の民イスラムがインドに侵攻してムガル帝国を樹立してから100年、帝国の絶頂期に皇帝となった人物でした。その皇帝は王妃ムムターズ・マハルを限りなく愛し、戦場にさえ連れて行くほどでした。ところが王妃は、36歳という若さで亡くなってしまいます。皇帝は深く悲しみ、1632年から霊廟の建設に取り掛かります。世界各地から最高の職人と材料を集め、延べ2万人が建設に携わったと言いますから、国家的一大事業でした。そして22年の歳月をかけ、1654年に完成しました。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□
タージマハルの後日談
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
このタージマハルの建設には、後日談があります。晩年皇帝はタージマハルの向かいに、黒大理石で自らの霊廟の建設を計画していました。しかしタージマハル建設での莫大な浪費を理由に、彼の三男によってタージマハルの近くにあるアグラ城に幽閉され、建設の夢は果たされませんでした。しかし幽閉された7年間、城の塔からタージ・マハルを眺めることが、シャー・ジャハーン晩年の唯一の慰めであったとも言われており、幽閉中にその生涯を閉じました。現在シャー・ジャハーンは王妃と共に、タージ・マハルの中で仲良く並んで眠っています。

□□□□□□□□□□□□□□□□□
タージマハルの構造
□□□□□□□□□□□□□□□□□
中央の墓廟は白大理石造りで、その大きさは横幅・奥行ともに57m、高さは58mです。そしてその墓廟を取り囲むように4本の尖塔が配置されています。これは「皇妃に仕える4人の侍女」をあらわしています。
墓廟の内部のホールには、その中央にムムターズ・マハルの墓石があります。そしてその左横には、一回り大きなシャー・ジャハーンの墓石があります。しかしこの墓石はいずれもレプリカであり、本物はタージマハルの地下にあります。

□□□□□□□□□□□□□□□□□□
タージマハルの入場料
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
入場料は、1人750ルピー(約1,300円)です。皆さんも行かれたらいかがでしょうか。ちなみにこれは外国人価格であり、インド人は20ルピーです。

□□□□□□□□□□
編集後記1
□□□□□□□□□□
前号に首相歓迎会に私が出席することを書きましたが、実際にその時の様子を皆さまにお伝えしたいと思います。
9/2(水)モディ首相の来日歓迎会が、国会議事堂近くの憲政記念館にて開催されました。入り口には物々しい金属探知機や手荷物検査があり、そこを通過するといよいよ歓迎会会場です。ざっと椅子の数を数えてみると、500脚はあるでしょうか。前方には日印協会や日印友好議員連盟(今回の歓迎会は両団体の共催)の関係者の席で、我々一般人は後部席でした。
しかし私はその中でも早めに行ったせいか、前の方に座れました。さて定刻になりましたが、直前の会議が遅れているとのアナウンスが入り、10分ほど遅れてモディ首相一行が到着し、着席されました(モディ首相歓迎会の様子.JPG)。意外と背は小さいな、というのが第一印象でした。さて歓迎式典がはじまり、まずは森喜朗・日印協会会長の挨拶です。「日本の“モリ”とインドの“モディ”が手を組みました」なんて駄洒落を織り交ぜつつの挨拶でした。そして町村信孝・日印友好議員連盟会長の挨拶を経て、いよいよモディ首相の挨拶です。ところが最初は、声が弱々しく「首相、大丈夫?」って思いましたが、話の内容が徐々の確信に近付いていくにつれて、身振り手振りを交えて熱弁を奮っていました。人をひき付ける力のような
ものを感じました。内容としては日本とインドとの協力体制を今後更に拡大させるという共同声明の内容を紹介したり、日本とインドとの国会議員相互交流ももっと活発にやっていきたい意向をあらわしていました。そして最後にモディ首相へ来日の記念にと、純銀製の兜の置物が贈呈されました。その置物を自らの頭にかぶろうとするお茶目な一面を見せてくれたモディ首相でした。

Copyright © Indo-Sakura Software Japan K.K. All rights reserved